結論(即答): 分岐は「チャット×議事録」の入口だけで決まる
貯める場所・整理するジョブ・読ませ方は全顧客で共通です。入口が自動で取れなければ、その入口だけ週1回の手動エクスポートに落とせば基盤は成立します。
分岐の考え方
顧客ごとに変わるのは「入口」だけです。貯める場所(Vault)、整理するジョブ(層2)、読ませ方(層3)は全顧客で共通です。
入口は2種類しかありません。
- チャット(社外との文字のやりとり)
- 議事録(会議の音声を文字にしたもの)
この2つを「毎日、自動で、Markdown で Vault に落とせるか」が分岐の全てです。落とせれば、その先は第2部の手順がそのまま使えます。
分岐を決める質問は3つです。
- API があるか(自動で取れるか)
- 過去分を一括で出せるか(導入時に履歴を入れられるか)
- それに必要なプランを顧客が契約しているか(していなければ誰が負担するか)
3つとも「はい」なら標準構成。1つでも「いいえ」なら、その入口だけ半自動(人が週に1回エクスポートして所定フォルダに置く)に落とします。半自動でも基盤は成立します。
分岐表(チャット × 議事録)
組み合わせの難易度は「チャット側」と「議事録側」の難しいほうで決まります。両方が「低」の組み合わせが標準構成で、それ以外は難しい側の入口だけを半自動に落とします。
| チャット ↓ 議事録 → | tl;dv | Google Meet の自動メモ | Zoom クラウド録画 | 対面録音(録音デバイス) |
|---|---|---|---|---|
| Chatwork | 低(標準構成) | 中 | 中 | 中(議事録のみ半自動) |
| Slack | 低(標準構成) | 中 | 中 | 中(議事録のみ半自動) |
| LINE WORKS | 中 | 中 | 中 | 中(両方半自動の可能性) |
| Microsoft Teams | 高 | 高 | 高 | 高(チャット側がボトルネック) |
難易度の意味:
- 低: API で毎日自動取得、過去分も一括で出せる。第2部の手順がそのまま使える
- 中: 自動取得はできるが、プラン条件・管理者設定・別 API 経由のどれかが要る。導入に +1週間
- 高: 自動取得に組織管理者の承認や上位ライセンスが要る。半自動(週次の手動エクスポート)を前提に見積もる
チャットと議事録を使っていない顧客(メールと対面だけ)は、この表の外です。メールは IMAP で取れるので「低」相当、対面は録音デバイスの導入から始めます。
入口ごとの取り込み方法と制約
プラン条件は 2026年10月時点の目安です。各社が変えるので、提案前に顧客の契約プランと公式の最新条件を突き合わせてください。
チャット
| ツール | 新着の取り方 | 過去分の取り方 | プラン・権限の条件 | 注意 |
|---|---|---|---|---|
| Chatwork | REST API をポーリング(ユーザー単位の API トークン) | 管理者のチャットログエクスポート(ルーム単位) | API は全プラン。エクスポートは法人プランの管理者 | API は 5分 300回。トークンの持ち主が見えるルームしか取れない |
| Slack | Web API(conversations.history)または Events API | ワークスペースのエクスポート(JSON) | API は全プラン。無料は履歴 90日まで。DM・非公開の一括エクスポートは上位プラン | アプリをワークスペースに入れる承認が要る。顧客側のワークスペースなら先方の管理者承認 |
| LINE WORKS | Bot をトークルームに入れて受信(Webhook) | 管理者のトーク監査ログをダウンロード | 監査ログは有料プラン。無料プランは過去分が出せない | Bot を入れた後のメッセージしか受信できない。導入日より前は監査ログ頼み |
| Microsoft Teams | Graph API(チャットメッセージは保護された APIで申請制) | Purview(eDiscovery)のエクスポート | 組織管理者の同意と、上位ライセンス(E3/E5 相当) | 顧客の情報システム部門が関わる。半自動(週次の手動エクスポート)を前提に見積もる |
議事録
| ツール | 文字起こしの取り方 | プランの条件 | 注意 |
|---|---|---|---|
| tl;dv | REST API で会議一覧と文字起こしを取得 | API は Business プラン | 話者分離はある。日本語の固有名詞は誤変換が多いので、取り込み時に辞書で置換 |
| Google Meet(Gemini の自動メモ) | メモが Google ドキュメントとして Drive に保存されるので、Drive API で取得 | Gemini 付きの Google Workspace(Business Standard 以上) | 主催者の Drive に落ちる。顧客が主催の会議は共有を依頼する |
| Zoom(クラウド録画) | 録画完了の Webhook → 文字起こしファイル(VTT)を API で取得 | 有料プラン(クラウド録画と音声文字起こしを有効化) | クラウド容量に上限。取得後に録画を消す運用が要る |
| 対面録音(録音デバイス) | デバイスのアプリから文字起こしを書き出し、監視フォルダに置く | デバイス代(数万円)と文字起こしの月額 | API が無い製品が多い。半自動でよい。録音の同意を相手から得る |
規約・契約上の注意
- チャットログと議事録を外部の AI(要約 API)に送ることを、顧客の社内規程と、顧客のその先の取引先との契約が許しているかを確認する
- 学習に使われない API プラン(Anthropic API・OpenAI API の法人向け)を使う。コンシューマー向けチャットに貼る運用はしない
- 会議の録音は参加者全員の同意を得る。議事録ツールの「録音中」表示を消さない
- 取り込んだデータの置き場(顧客の Mac か、構築側の Mac か)を契約で明記する。原則は顧客の機材に置き、構築側はリモートで保守する
構築パターン別の工数と期間
3段階です。最初の案件は「標準」を上限にし、全部入りは標準が3か月動いた後に追加する形が安全です。
| パターン | 入るもの | 工数(エンジニア1名) | 期間 | 向いている顧客 |
|---|---|---|---|---|
| 最小構成 | 層1(Vault + hook)、議事録の取り込み1系統、層3の CLAUDE.md 初版 | 10〜12 人日 | 3週間 | AI を使い始めたばかり。まず「記録が溜まる」を体感したい |
| 標準 | 最小構成 + チャットの取り込み(過去分 + 新着)+ 層2の定時ジョブ一式 + 通知 + バックアップ | 20〜25 人日 | 5週間 | 社外とのやりとりが多く、「あの話どうなった」を AI に聞きたい |
| 全部入り | 標準 + 複数 AI の併用(実装・レビューの役割分担)+ スマホからの遠隔操作 + 週次のルール手入れジョブ + 複数アカウントの切替 | 35〜45 人日 | 8〜10週間 | 経営者本人が1日中 AI を使う。並行案件が多い |
工数に含まないもの:
- 顧客側のプラン変更や管理者承認の待ち時間(Teams はここで数週間止まる)
- 層3の育成(納品後に本人が使いながら増やす部分)
- 費用の月額(Claude Code ・ API ・議事録ツール。第1部の費用表を参照)
工数の内訳で一番大きいのは「入力源の接続」ではなく「通知とヘルスチェック」です。ここを削ると納品後に静かに止まり、保守費で回収できない障害対応になります。
価格設計の例
形は「構築期間の月額 + 納品後の保守月額」です。一括の請負にすると、顧客側の承認待ちで止まった期間がそのまま赤字になります。
| パターン | 構築期間 | 構築費(月額 × 月数) | 保守月額 | 1年目の合計 |
|---|---|---|---|---|
| 最小構成 | 1か月 | ¥300,000 × 1 | ¥50,000 | ¥850,000 |
| 標準 | 3か月 | ¥300,000 × 3 | ¥100,000 | ¥1,800,000 |
| 全部入り | 3か月 | ¥500,000 × 3 | ¥150,000 | ¥2,850,000 |
金額は誰が作るかと地域で変わるので、根拠の出し方だけ残します。
- 構築費 = 工数(人日)× 単価。標準構成 22 人日 × ¥40,000 = ¥880,000 が原価。月額¥300,000 × 3 = ¥900,000 はほぼ原価で、最初の案件を「実験」と扱う前提の値段です
- 保守月額 = 月に起きる障害対応(第2部「つまずきポイント」)とルールの手入れで、月 2〜3 人日を見る
- 2件目以降は構築費を上げる。手順が固まり工数が減るのに価格を下げるのは逆で、成果(顧客が毎日使っている実績)が根拠になる
最初の案件で決めておくこと:
- 「動いている」の定義を第2部のチェックリスト 10 項目にする(検収条件)
- 顧客側の承認待ちで止まった期間は構築期間に数えない(月額は発生する)
- ツールの月額(Claude Code・API・議事録)は顧客が直接契約する。立替えない
- 3か月後に「使っているか」をデイリーノートの行数で測り、使っていなければ保守を止める条件を入れる
提案前のヒアリング項目(最初の商談で聞く10問)
この10問の答えがあれば、分岐表のセルと構築パターンが決まり、その場で概算が出せます。
| # | 質問 | 答えで決まること |
|---|---|---|
| 1 | 社外とのやりとりは主に何ですか(Chatwork / Slack / LINE WORKS / Teams / メール) | 分岐表の行 |
| 2 | そのツールの契約プランと、管理者は誰ですか | 過去分が出せるか、承認に誰が要るか |
| 3 | オンライン会議は何を使い、録画・文字起こしは今していますか | 分岐表の列。していなければ議事録ツールの導入から |
| 4 | 対面の打ち合わせは週に何回ありますか | 録音デバイスが要るか |
| 5 | 毎日 AI を使うのは誰ですか(1人か、複数か) | Claude Code のアカウント数、ルールを誰の視点で書くか |
| 6 | その人は今、AI を日に何分使っていますか | 最小構成か標準か。使っていない人に基盤を作っても記録が溜まらない |
| 7 | 常時起動できる Mac はありますか。無ければ購入できますか | 機材費の負担。クラウド VM は macOS 前提の手順が崩れるので避ける |
| 8 | 顧客とのやりとりを外部の AI に送ることは社内規程で許されていますか | 規約・契約の確認。NG なら要約をローカルモデルにする別見積 |
| 9 | ツールの月額(Claude Code・API・議事録)は貴社が直接契約できますか | 費用負担の切り分け。立替えはしない |
| 10 | 3か月後に「入れてよかった」と言える状態を一つ挙げると何ですか | 検収条件と、最初に繋ぐ入力源の優先順位 |
問6の答えが「ほとんど使っていない」なら、基盤より先に AI を毎日使う習慣作り(コーチング形式)を提案します。基盤は「使っている人」の記録を溜める仕組みで、使わせる仕組みではありません。
シリーズ
AIデータ基盤の作り方は3部構成です。